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曹操の陵墓発見 [徒然日記]

【12月28日 AFP】(写真追加)「三国志」の英雄として知られる武将、魏(Wei)の曹操(Cao Cao、155~220年)の陵墓が、中国の河南(Henan)省で発見された。国営英字紙チャイナ・デーリー(China Daily)が28日、報じた。

 陸墓の所在地は、黄河(Yellow River)に程近い同省安陽(Anyang)市郊外。河南省文物局の発表によると、陵墓の発掘は1年前から行われていたが、これまでの鑑定結果などから曹操の陵墓であることが確実になったという。

 陵墓は面積約740平方メートルで、60代男性の遺骨が見つかっており、65歳で死去した曹操のものとみられる。また、50代と20代前半の女性2人の遺骨も発見され、それぞれ曹操の妻とその付き人のものと考えられている。

 出土品の多くには、「魏武王が使用したもの」と刻まれていたという。出土品の総数は250以上に上る。

 陵墓の発掘は前年、陵墓から盗掘されたとみられる石碑に「魏武王」の文字が刻まれていたことから、文物局に報告され、本格的に始まったという。

 曹操は、208年から220年に65歳で死去するまで漢王朝(後漢、東漢)において活躍し、三国時代の魏の基礎を築いた。専制的との評価もあるが、戦略家として、また詩人としても優れていたとされる。(c)AFP


曹操という人物は明朝の羅貫中が講談を元に小説「三国志演義」を書き起こし

蜀漢の劉備の敵役として徹底的に悪として描かれ、NHKの『人形三國志』にも完全な悪役として描かれており、幼い頃に見た彼の形相が大層怖かったものです。

後の時代、北宋の名将「曹彬」は曹操一族末裔と堂々と称していると言い、「三国志演義」までは英雄として中華の歴史に名を残していた筈なのに。

実際、「孫子」の兵法書は曹操によって後世に残されている。

現在は「蒼天航路」によって、広くしられることになるのだが。

僕は曹操の方が英雄と思うのだが、逆に裸一貫で国を打ち立てた劉備もまた英雄だ。が、決して劉備が聖人君子ではなかった事を強調したい

何にしろ、大きな発見には違いない。


2009-12-28 23:56  nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

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